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5.5.3 組合せの翻訳



翻訳処理の実質は, 手続き作用の翻訳である. 与えられた標的と接続を持って翻訳した組合せのコードは
⟨標的proc, 接続nextで演算子の翻訳⟩
⟨被演算子を評価し引数リストをarglに構成する⟩
⟨与えられた標的と接続で手続き呼出しの翻訳⟩
の形となる. レジスタenv, procおよびarglは, 演算子と被演算子の評価の間, 退避回復しなければならないであろう. これは翻訳系で, val以外の標的が指定される唯一の場所であることに注意しよう.

   要求されたコードはcompile-applicationが生成する. これは作用させるべき手続きをprocに置くコードを作るため, 演算子を, また作用の個々の被演算子を評価するコードを作るため, 被演算子を再帰的に翻訳する. 被演算子に対する命令列は(construct-arglistにより)引数のリストをarglに構成するコードと共に組み合され, 結果の引数リストのコードは, 手続きのコードと( compile-procedure-callが作った)手続き呼出しを実行するコードと組み合される. コードの列を連結するには, envレジスタを(演算子の評価が, 被演算子を評価するのに必要になろうenvを修正するかも知れないので)演算子の評価の前後で, またprocレジスタを(被演算子の列が, 実際の手続き作用に必要になるprocを修正するかも知れないので)引数リストの構成の前後で, 保存しなければならない. continueも手続き呼出しの接続として必要なので, 全体にわたって保存しなければならない.


(define (compile-application exp target linkage)
  (let ((proc-code (compile (operator exp) 'proc 'next))
        (operand-codes
         (map (lambda (operand) (compile operand 'val 'next))
              (operands exp))))
    (preserving '(env continue)
     proc-code
     (preserving '(proc continue)
      (construct-arglist operand-codes)
      (compile-procedure-call target linkage)))))

   引数リストを構成するコードは, 各被演算子をvalへ評価し, その値をargl にためられる引数リストにconsする. 引数はarglに順にconsするので, 引数が結果のリストに最初から最後の順で現れるように, 最後の引数から始め, 最初で終らなければならない. この評価の列を設定するのにarglを空に初期化して命令を浪費する代りに, 最初のコード列に, 最初のarglを作らせる. 従って引数リストの構成の一般形は, 次のようになる:

⟨valを標的に最後の被演算子の翻訳⟩
(assign argl (op list) (reg val))
⟨valを標的にその前の被演算子の翻訳⟩
(assign argl (op cons) (reg val) (reg argl))
...
⟨valを標的に最初の被演算子の翻訳⟩
(assign argl (op cons) (reg val) (reg argl))

arglは, (これまでにためた引数が失われないよう)最初を除き, 各被演算子の評価の前後で保存しなければならず, またenvは(後方の被演算子の評価で使うため)最後を除き, 各被演算子の評価の前後で保存しなければならない.

   この引数コードの翻訳は, 評価すべき最初の被演算子の特別な扱いとargl envを異った場所で保存する必要性のため, 幾分巧妙である. construct-arglist手続きは引数として個々の被演算子を評価するコードをとる. 被演算子が全くなければ, 単に命令

(assign argl (const ()))
を発生するだけである. それ以外はconstruct-arglistは最後の引数でargl を初期化するコードを作り出し, 残りの引数を評価するコードを連結し, それをarglに順につなげる. 引数を最後から最初へ処理するため, compile-application が渡した順から, 被演算子コード列のリストを逆転しなければならない.

(define (construct-arglist operand-codes)
  (let ((operand-codes (reverse operand-codes)))
    (if (null? operand-codes)
        (make-instruction-sequence '() '(argl)
         '((assign argl (const ()))))
        (let ((code-to-get-last-arg
               (append-instruction-sequences
                (car operand-codes)
                (make-instruction-sequence '(val) '(argl)
                 '((assign argl (op list) (reg val)))))))
          (if (null? (cdr operand-codes))
              code-to-get-last-arg
              (preserving '(env)
               code-to-get-last-arg
               (code-to-get-rest-args
                (cdr operand-codes))))))))

(define (code-to-get-rest-args operand-codes)
  (let ((code-for-next-arg
         (preserving '(argl)
          (car operand-codes)
          (make-instruction-sequence '(val argl) '(argl)
           '((assign argl
              (op cons) (reg val) (reg argl)))))))
    (if (null? (cdr operand-codes))
        code-for-next-arg
        (preserving '(env)
         code-for-next-arg
         (code-to-get-rest-args (cdr operand-codes))))))
手続きの作用
組合せの要素を評価した後, 翻訳コードはprocにある手続きをarglにある引数に作用させなければならない. このコードは, 4.1.1節の超循環評価器のapply手続きや5.4.1節の積極制御評価器のapply-dispatch入り口と, 実質的に同じ振分けを実行する. まず作用させる手続きが基本手続きか合成手続きか調べる. 基本手続きではapply-primitive- procedureを使う. 合成手続きをどう扱うかは, 少し後で述べる. 手続き作用のコードは次の形である:
 (test (op primitive-procedure?) (reg proc))
 (branch (label primitive-branch))
compiled-branch
 ⟨与えられた標的と適切な接続で翻訳された手続きに作用させるコード⟩
primitive-branch
 (assign ⟨標的⟩
         (op apply-primitive-procedure)
         (reg proc)
         (reg argl))
 ⟨接続⟩
after-call
合成手続きの枝[compiled-branch]は基本手続きの枝[primitive-branch]を飛び越さなければならないことに注意しよう. 従って元々の手続き呼出しの接続がnextなら, 合成手続きの枝は基本手続きの枝の後に挿入したラベルへ飛び越す接続を使わなければならない. (これはcompile-ifの真の枝で使った接続と似ている.)

(define (compile-procedure-call target linkage)
  (let ((primitive-branch (make-label 'primitive-branch))
        (compiled-branch (make-label 'compiled-branch))
        (after-call (make-label 'after-call)))
    (let ((compiled-linkage
           (if (eq? linkage 'next) after-call linkage)))
      (append-instruction-sequences
       (make-instruction-sequence '(proc) '()
        `((test (op primitive-procedure?) (reg proc))
          (branch (label ,primitive-branch))))
       (parallel-instruction-sequences
        (append-instruction-sequences
         compiled-branch
         (compile-proc-appl target compiled-linkage))
        (append-instruction-sequences
         primitive-branch
         (end-with-linkage linkage
          (make-instruction-sequence '(proc argl)
                                     (list target)
           `((assign ,target
                     (op apply-primitive-procedure)
                     (reg proc)
                     (reg argl)))))))
       after-call))))
基本と合成の手続きの枝は, compile-ifの真と偽の枝のように, 逐次に実行するのではないから, 通常のappend-instruction-sequencesではなく, parallel-instruction-sequencesを使って連結する.
翻訳した手続きの作用
手続き作用を扱うコードは, 翻訳系が生成する命令列は非常に短いにも拘らず, 翻訳系の最も微妙な部分である. (compile-lambdaが構成した)翻訳した手続きは, 手続きに対するコードの開始場所を指示するラベルである入り口を持つ. この入り口のコードは, 結果をvalに計算し, 命令(goto (reg continue)) を実行して戻る. 従って与えられた標的と接続を持つ, (compile-proc-applが生成する)翻訳した手続きの作用に対するコードは, 接続がラベルなら
 (assign continue (label proc-return))
 (assign val (op compiled-procedure-entry) (reg proc))
 (goto (reg val))
proc-return
 (assign ⟨標的⟩ (reg val))   ; 標的がvalでなければ挿入する
 (goto (label ⟨接続⟩))       ; 接続コード
のように見え, また接続がreturnなら
 (save continue)
 (assign continue (label proc-return))
 (assign val (op compiled-procedure-entry) (reg proc))
 (goto (reg val))
proc-return
 (assign ⟨標的⟩ (reg val))   ; 標的がvalでなければ挿入する
 (restore continue)
 (goto (reg continue))           ; 接続コード
のように見えると期待される. このコードは手続きがラベルproc-returnへ戻るようにcontinueを設定し, 手続きの入り口へ飛び越す. proc-returnのコードは, (必要なら)手続きの結果をvalから標的レジスタへ移し, 接続で指定した場所へ飛び越す. (compile-procedure-callが合成手続きの枝のnext接続をafter-callラベルで取り替えるので, 接続は常にラベルか returnである.)

   実際, 標的がvalでなければ, それはまさにわれわれの翻訳系が生成するコードである.39 しかし, 通常は標的はvalである. (翻訳系が別のレジスタを指定する唯一の時は, 演算子の評価をprocに標的する時である.) そこで手続きの結果は, 標的レジスタに直接置き, それをコピーする特別の場所に戻る必要はない. その代り, 手続きが呼出し側の接続が指定した場所に直接「戻る」ようにcontinueを設定してコードを単純化する:

⟨接続のためcontinue⟩を設定
(assign val (op compiled-procedure-entry) (reg proc))
(goto (reg val))
接続がラベルなら, 手続きがそのラベルへ戻るよう, continueを設定する. (つまり手続きが終る(goto (reg continue))は上のproc-return(goto (label ⟨接続⟩))と等価になる.)
(assign continue (label ⟨接続⟩))
(assign val (op compiled-procedure-entry) (reg proc))
(goto (reg val))
接続がreturnなら, continueの設定の必要はない: すでに望みの場所を保持している. (つまり手続きが終る(goto (reg continue))proc-return(goto (reg continue))が行くであろう場所へ直接行く.)
(assign val (op compiled-procedure-entry) (reg proc))
(goto (reg val))
return接続のこの実装では, 翻訳系は末尾再帰的コードを生成する. 手続き本体の最終段階としての手続き呼出しは, スタックに何の情報も退避することなく, 直接飛び越す.

   そうではなく, return接続とval標的を持つ手続き呼出しを, 上に示したvalでない標的と同様に扱ったとしよう. これは末尾再帰を破壊する. システムはどの式にも同じ値を与えるであろう. しかし手続きを呼び出す度に, continueを退避し, (不要な)退避をし戻す呼出しの後, 戻るであろう. これらの余分な退避は手続きの呼出しの入れ子の間にたまる.40

   compile-proc-applは, 呼出しの標的がvalかどうか, 接続がreturn かどうかによる四つの場合を考慮して, 上の手続き作用のコードを生成する. 手続き本体の実行がレジスタをどのようにも変更し得るので, 命令列は, すべてのレジスタを修正するように宣言していることを見よう.41 また標的valと接続returnの場合のコード列はcontinue を必要とするよう宣言されていることにも注意しよう: continueは二命令列で陽には使われないが, 翻訳した手続きに入った時, continueが正しい値を持っていることに注意しなければならない.


(define (compile-proc-appl target linkage)
  (cond ((and (eq? target 'val) (not (eq? linkage 'return)))
         (make-instruction-sequence '(proc) all-regs
           `((assign continue (label ,linkage))
             (assign val (op compiled-procedure-entry)
                         (reg proc))
             (goto (reg val)))))
        ((and (not (eq? target 'val))
              (not (eq? linkage 'return)))
         (let ((proc-return (make-label 'proc-return)))
           (make-instruction-sequence '(proc) all-regs
            `((assign continue (label ,proc-return))
              (assign val (op compiled-procedure-entry)
                          (reg proc))
              (goto (reg val))
              ,proc-return
              (assign ,target (reg val))
              (goto (label ,linkage))))))
        ((and (eq? target 'val) (eq? linkage 'return))
         (make-instruction-sequence '(proc continue) all-regs
          '((assign val (op compiled-procedure-entry)
                        (reg proc))
            (goto (reg val)))))
        ((and (not (eq? target 'val)) (eq? linkage 'return))
         (error "return linkage, target not val -- COMPILE"
                target))))



39 実際, return接続を要求する唯一の場所は, 手続きの翻訳中であり, 手続きは値をvalに返すのが約束だから, 標的がvalでなく, 接続がreturnなら, エラーとする.

40 翻訳系に 末尾再帰的コードを生成させるのは直截な考えのように見えるかも知れない. しかしCやPascalを含め, 通常の言語の翻訳系はそうしない. それ故これらの言語は反復的プロセスを手続き呼出しだけを使っては表現出来ない. これらの言語で 末尾再帰が困難なのは, 手続き引数と局所変数と戻り番地を格納するのにスタックを使うからである. 本書に述べるSchemeの実装は, 引数と変数を, ごみ集めされるメモリーに入れる. 変数と引数にスタックを使う理由は, 言語でそれ以外にはいらないごみ集めの必要性を避け, その方が遥かに効率的と一般に信じられているためである. 巧妙なLisp翻訳系は, 実際末尾再帰を破壊せずに, 引数にスタックを使うことが出来る. (記述については, Hanson 1990参照) そもそもスタック割当てがごみ集めより実際にずっと効率的かどうかには議論があり, 細部は計算機アーキテクチャの細かい点に依存するようだ. (この論点の反対意見は Appel 1987および MillerとRozas 1994参照)

41 変数 all-regsはすべてのレジスタ名のリストに束縛されている:

(define all-regs '(env proc val argl continue))

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